身体がゆるんで、心がゆるむ。
??ザ・ファースト開発へ。
目指すのは「ノープレッシャー・ノーストレス」。
人体にかかる負荷を限りなく減らした理想の椅子をつくるには、従来のEISをさらに進化させなければならない。
A氏が次に取り組んだのは、人間の脳波と脈派の同時測定と解析だった。
「頭と指先にセンサーをつけて椅子に座り、脳波と脈を測ります。
装置自体は小さなものだし、測定方法もシンプルです。」
A氏は言うが、この解析作業もまた、第一被験者となったのは自分自身。
1時間座って計測し、1時間は立ち、また座って計測するというプロセスを再び1年以上繰り返し、そののち自分以外の社員を被験者に膨大なデータを収集した。
「計測中に上司に呼ばれただけで波形が変わるし、昼食を食べた時間でも影響が出る。
自分が被験者になっている間は、その日に何を食べたかまで全部記録しました。」
人の身体は正直、とA氏。
「ドクン、という一回の脈が大きいのは、体のどこかに負担がかかり、覚醒状態にある証拠です。脈が小さく安定していれば負担が少なくリラックスできている。
脳波を見ても、リラックスしていれば特定の脳波が多く出ます。わかりやすいですよね。」
筋肉の緊張がゆるむとリラックスしたときの脳波が出る。
身体をゆるめることで、心を落ち着かせるのが椅子の役割。
被験者がくつろいでいるか緊張しているか。あと何分で眠りに落ちるか。
波形を見ればA氏にはわかるのだという。
人体について知り尽くしたA氏と、くつろぎの新次元をつくり出したいと願う新型リクライニングチェアーの開発部隊。
両者がタッグを組み、試作品をつくっては計測し、やり直し、また計測して、ザ・ファーストは形づくられていった。
ザ・ファーストが形になった今もなお、A氏は研究に終わりはないという。
人体について知れば知るほど、違う目的を持つ製品の構想が浮かぶからだ。
エルゴノミクスは、魔法ではない。その研究はデータを測っては分析する地道な作業だ。
科学する職人。A氏の穏やかで真摯な姿勢に、ふとそんな呼び名が浮かんだ。